RSSリーダーで購読する


2011年9月30日金曜日

手放せば楽になる

前回の投稿から1週間がたってしまった(^^;)。
この日記を初めてから、これほど空白の期間を作ったことはない。

これは前にも書いたが、書かなくなるとどんどん書きづらくなってくる。
ちょっとエネルギーが必要だったが、また書き始めることにした。

日記が書けなくなったのは、締切りの迫った仕事に対して、集中して
取り組まなければならないのに、出張前の仕事と出張とでかなり疲れて
しまって、その疲れがとれない状況で次の仕事に取りかかったために、
日記を書く余力がなくなってしまったことが主な原因だろうと感じている。

笑いヨガをやっていても、疲れ切ってしまうと休むしかなくなることは
あるが、今回はそのケースで、昨日一大決心をした。

それは、締切りの迫っていた仕事を中断し、次の機会に回すことだった。

なかなか決心ができなかったが、長期的な視点から見て、今出せなくても
長い自分の人生(目標は120歳)の中では、大きな問題にはならないと
判断した。

昨日は、思い切って仕事を休み、半日銭湯へ行き休養した。

疲れた体と頭では、全く浮かばなかったアイデアが、銭湯の中でボーと
しているときには、どんどん浮かんで来たので驚いた。

心身を休ませることを大切さを改めに実感した瞬間だった。

不思議なのは、特に炭酸風呂に入っているときに、多くのアイデアが
浮かんできたことだった。やはり炭酸風呂は疲労回復の効果が高いの
だろうか?

つかんでいるものを手放すのは、なかなか難しいことだが、大局的に
物事を考えることで、手放すことが可能になり、そのことによって、
心身ともに楽になることはこれまでにも何回か経験したが、今回は
特にそのことを強く実感することができた。

また、僕の弱点の一つに、疲れてくるとイライラしたり、怒りやすくなったり
することがあったが、今回はそれがほとんどなく、精神的にはとても安定
した状態で毎日を過ごすことができたことは、とても不思議でありうれしい
ことでもあった。

僕の中で何かが変わりつつあるのかもしれない。それは何かまだよく
分からないのだが、いい変化であると感じている。

僕の人生の課題の中でも、「怒りのコントロール」はとても大きなテーマ
であるが、それに明るい光が見えてきたことは、僕にとっては奇跡とも
言えるでき事なのかもしれない。

どんどん怒りが減少していく。そしてどんどん奇跡が増えてくる。ホッホッハハハ

追伸:第2回全国笑いヨガ大会での僕の発表は最初で、カタリヤ先生と奥様も
通訳を介して話を聞いてくださっていたのだが、発表終了直後と懇親会で、
ほめていただいた。それは、今回の発表での僕は、以前の僕とは全く違っていて、
とても成長が見られるので、それを誇りに思う、という主旨のお話だった。これは
本当にうれしかった。加えて、発表を聞いてくださった方々の数名(6~7名)が
僕の発表がとてもよかったと言ってくださったこともとても励みになった。様々な
刺激と学びと出会いのあった大会であったと今は感じている。

最後に、懇親会の後、仲間に写真・動画撮影を行ったときの僕の写真を紹介する。
(こんな格好で発表も行った。)

2011年9月24日土曜日

明日は第2回全国笑いヨガ大会

明日の大会で昨年10月に結成した「奇跡の笑いヨガ仲間」の活動と成果について発表する。

今日は、そのための説明資料(パワーポイント)を大学で作成した。

学会などでの研究発表資料と違って、遊び心一杯のパワーポイント
資料になった。

会場にも笑いを投げかけることになるが、どうなるか楽しみだ。

また、気軽に楽しく発表時間を過ごせたらと思う。

そして、少しは笑いヨガのこれからの発展に寄与できたらと願う。

さて、そろそろ寝ようかな。

明日は、久しぶりにカタリア先生や奥様にも会えるし、また初めて
会う仲間もいる。

いい出会いがあり、いろいろと楽しむことができたらとうれしい。

どんどん楽しくなる。どんどん奇跡が生まれる。

2011年9月21日水曜日

スカイプ会議の仲間

今週、東京では笑いヨガの創始者であるDr.カタリアが指導したり参加したりする行事が続いている。
奇跡の笑いヨガ仲間(The Miracle Laughter Yoga Friends)の
メンバーもそれぞれ参加する行事があり、日時を決めて集まる
ことになった。
僕は、24~25日に開催される「第2回全国笑いヨガ大会」に参加
して発表する。
奇跡の笑いヨガ仲間は、昨年の10月に結成してそろそろ1年に
なるが、その間に、MLによる意見交換、フェイスブックの
笑いヨガカフェ(Laughter Yoga Cafe)」の共同運営、そして
エバーノートを使った本『笑って元気!楽しい笑いヨガ』の共同
執筆などを行ってきた。

メンバーの中には、まだ実際に会ったことがない人が何人か
いるがそういう仲間とも親しく話したり一緒に笑ったりできた
のは、スカイプ会議があったからだと思う。

これまでに18回以上実施しているが、毎回一緒に笑う時間を
設けて楽しんでいる。また、話の合間に笑いが起こることも多い。

参加人数は、多いときで12~13人くらい、少ないときで5~6人
くらいで毎回違った楽しさがあった。

昨晩の人数は、6人で少なかったが司会が僕ではなかった
ので、1参加者として気軽に参加できてよかった。

今週東京で会う仲間には、初めて会う人もいるので楽しみだ。

どんどん楽しくなっていく。どんどん奇跡が起こり出す。
ホッホッハハハ

2011年9月18日日曜日

少林寺拳法と笑いヨガ

焼き肉屋での少林寺拳法部の昼食会に参加した。
最近あまり顔を出していなかったので、久しぶりに監督や部員に
会って話しをすることができた。

監督の話では、笑いヨガと少林寺拳法は、目指すところは同じ
だということだった。

どちらも、心身の健康、元気、平和などを目指し、仲間作りを
重視している。

少林寺拳法は、戦後日本人が自信を失い、元気をなくしていた
ころに、それらを取り戻すために日本人によって始められたもの
だそうだ。

バラバラになった人々の絆を取り戻すための仲間作りにも熱心に
取り組んだそうだ。

今の日本も近い状況にあって、そうした取組が求められている。

笑いヨガは、一緒に笑い合える仲間作りをとても大切にしている。

その点でも確かに少林寺拳法と似ていると思う。

やはり、スタイルは違っても目指すところは同じなのかもしれない。

少林寺拳法の解説本が出ているベースボールマガジン社から
笑いヨガの本を出版することになったのも何かのご縁なのかも
しれないと思う。

2011年9月17日土曜日

散歩

しばらくブログを書かなかったが、書かないとますます書けなくなるので、何とか今日は書くことにした。

仕事が忙しいことは確かで、この連休も仕事の予定(^_^;)。

昨日はさすがに暑かったが、最近朝の散歩、通勤時の散歩を始めた。

水曜日には、久しぶりに朝神社に行って、そこの境内で笑いヨガをした。

秋のヤブ蚊がしつこくて困ったが、昨年笑いヨガの朝のトレーニングとして
神社の境内でほぼ毎日笑いヨガをやっていたころの自分を思い出した。

今の自分はどうなのか?

反省し、無理しない程度に、また新たな気持ちで始められたらと願う。

2011年9月12日月曜日

その時

今日の正午にその時は来た。
新たな出発。

決意として、それをメールで仲間に表明した。

メールを書き終えた時には、本当にくたくたになっていた。

安堵と疲労。そのためかその後、あまり仕事ができなかった。

それから今までに、仲間からたくさんの祝福のメールを受けた。

本当にいい仲間に恵まれて僕は幸せだ。心から感謝したい。

いろいろあったが、最後はすべてがうまくいった。

奇跡としか思えない。

仲間が生み出す数々の奇跡。

僕はそれに感動しながら、新たなスタートを切り、これから
すばらしい未来をどんどん引き寄せていきたい。

言葉の魔法

理由は言えないのだが、今とても愛を感じ幸せを感じて
いる。

先ほど、以下のようなメールを書いて送信したところだ。
--------------------------------------------------------------------
今、ハリーポッターの映画のレイトショーを一人で見て
きたところです。

人はいつも自分の心と戦っているのですね。

その戦いに勝つために必要なのは、言葉の魔法、
人を傷つける言葉ではなく、人を愛する言葉の力
のようですね。

ハリーは死を覚悟して、無私の自分になり、
自分の分身である敵に勝つことができました。

すべては、自分の映し鏡なのですね。

無私になり、愛のある言葉を使うとき
それは魔法の言葉となり奇跡を起こすのだと
感じています。

明日も奇跡が起きそうな気がしています。

無心にその時を待ちたいと思います。
---------------------------------------------------------------------

すべてを任せて、流れに従おうと思っている。

無心になったとき、流れを感じらるようになり、
その流れに乗ることができるようになるのだろう。

それがホ・オポノポノのゼロの状態なのかも
しれない。

明日、そのときが来るまでクリーニングし続け
たいと思う。

「ごめんね」「許してね」「ありがとう」「愛してるよ」

2011年9月10日土曜日

書けないときは

僕の周りが大きく変化していて、そんな状況の中でブログが書けなくなっている。

書けないときは、無理に書かなくていいと自分を許す自分が
いる。

今は、そんな自分を大切にするときだと本能的に感じている。

まず、生きることを最優先にする、今はそんなときなのかも
しれないと思う。

自分を見つめ、自分をクリーニングしながら、静かにそのとき
が来るのを待ちたい。

2011年9月6日火曜日

久しぶりのスカイプ会議

久しぶりに「奇跡の笑いヨガ仲間(The Miracle Laughter Yoga Friends)」がスカイプ会議をした。

参加者は、8名と若干少なかったが、大笑いする場面が結構あった。

さすが笑いヨガティーチャーと感じながら会話を楽しむことができた。

普段は、MLで連絡等取り合っているが、やはりメールだけでは
感情の部分が伝わりにくいので、スカイプはいいなあと思う。

ただ、時間を決めて集まる必要があるので、日頃から忙しい仲間
が全員揃うことはほとんど不可能だ。

ML、スカイプ、フェイスブックページ、エバーノートなどでこれまで
コミュニケーションを取り合ってきた仲間の中には、まだ一度も
実際に会ったことがいない人もいる。

それでも親しさを感じることは十分可能だった。不思議なご縁を
感じる仲間たちだ。大切にしたいと思う。

話は変わるが、昨日地元の上越タイムスという新聞に笑いヨガの
記事が載ったので、紹介する。さすがプロだと思う。感謝。

ただ、一つだけ誤りがあるのでここで訂正させていただきたいと
思う。それは「日本笑いヨガ協会認定ティーチャー」というところだ。

正しくは、"Dr. Kataria School of Laughter Yoga"認定ティーチャー
だ。これは新潟日報の記事から始まっているのだが、訂正でき
なくて残念だった。

記者の方にも違いがなかなか理解されなくて苦労している所だ。

日本笑いヨガ協会は、任意団体でしかなく、認定する資格は
持っていないのだ。

新聞記者の方には悪いが、ここだけははっきりさせておきたかった。
せっかく取材していただいたのに申し訳ないが、ここはお許し願い
たいと思う。

今日から二日間、佐渡に渡り、スキューバダイビングのアドバンス
コースを受講してくる。楽しんできたいと思う(^^)。

2011年9月3日土曜日

笑いヨガで明るく楽しく元気に

民生委員が主催する健康講座に笑いヨガの講師として呼ばれた。
以前にも同じ民生委員の方に呼ばれて、その方の地区の公民館
で笑いヨガを行った。今回は複数の民生委員の地区が合同で
行った講座だったので、人数も60~70人と多かった。大半が
高齢者の方々だった。

その民生委員の方は、以前わざわざ事前に笑いクラブ準備会にも
参加され、ご自分で体験した上で講師依頼をしてくださったので、
笑いヨガのよき理解者でもあり、有り難く感じている。

今回は、地元のケーブルテレビと新聞社が取材に来ていて、
高齢者の方々の表情の変化に驚いていた。

また、社会福祉協議会のスタッフの方も見学に来ていて、
最初から最後まで熱心に見入っていた。

「奇跡の笑いクラブin上越」準備会からも手伝いにお二人の
方が来てくださり、最初のストレッチや創作の笑いエクササイズ
などをやっていただいた。

お二人は、はじめての経験をとても好感を持って受け止めて
くださり、クラブとは違ったいい経験ができたそうだ。

僕もとても熱心に取り組んでくださる高齢者のみなさん笑いと
笑顔からたくさんの元気をいただいた。

やって本当によかったと感じた。

人が喜んでくださることができることの有り難さを痛感した。

2011年9月2日金曜日

ライフ いのちをつなぐ物語

昨日、妻と一緒に映画「ライフ いのちをつなぐ物語」を見に行った。
驚きの映像がどんどん出てきて、見応え満点だった。

とくに感じたのは、いのちあるすべての生物が、生きようとする意志
を持ち、生き続け、そしていのちをつなぎ続けていることのすばらしさ
だった。

死にたいと思い、自殺してしまうのは、たぶん人間だけなのだろう。

なぜだろう?いのちをつなぐという生物としての使命、宿命?から
の自由を人間が獲得したからなのだろうか?

それとも生きるプログラムのエラー?

ニコニコと笑って生きている人が、すぐに自殺する可能性はとても
低いだろう。

大人になっても笑うのは、人間だけだと言われている。

社会的動物である人間にとって、笑いや笑顔は生きる力そのもの
だと感じることがある。

腹から笑えば、生きる力がわいてくる。人生が楽しくなってくる。

理由はいらない。ただ笑っていればいい。生きる喜びが自然に
沸き上がってくるのだから。

笑いながら、「私は生きている。今まで生きてくれて本当にありがとう」
と言ってみよう。

きっと、どんどんうれしくなってきて、どんどん奇跡が起こるはずだ。